結婚する前、私は「夫婦は二人三脚」という言葉を、良い意味で受け取っていました。
二人で同じ方向を見る。
支え合って進む。
片方が困ったら、もう片方が助ける。
家庭というゴールに向かって、一緒に歩く。
そういう意味だと思っていました。
実際、そういう夫婦はいると思います。
夫婦で話し合える。
お互いに謝れる。
家計や育児や仕事の現実を一緒に見られる。
相手を尊重できる。
そういう夫婦なら、二人三脚という言葉はかなり合っていると思います。
でも、モラハラ妻との生活を続ける中で、私の中では意味が変わりました。
夫婦は二人三脚。
でも、二人三脚は一人で走った方が速い。
かなり皮肉ですが、これが実感です。
一人でやった方が早い
モラハラ妻との生活では、一人でやった方が早いことが増えます。
家事もそうです。
育児もそうです。
予定調整もそうです。
子どもの準備もそうです。
買い物もそうです。
一緒にやろうとすると、かえって時間がかかる。
やり方に文句を言われる。
自分ルールを押し付けられる。
説明が足りないのに、こちらが分からないと責められる。
判断を任せると決められない。
相談しているようで、結局は妻の答えに合わせることを求められる。
これなら、一人でやった方が早い。
そう思う場面が増えていきます。
支え合いではなく、足を引っ張られている感覚
二人三脚が成立するには、お互いが同じ方向を向く必要があります。
片方だけが前に進もうとしても、もう片方が違う方向に引っ張れば進めません。
モラハラ妻との生活では、これに近い感覚があります。
夫は生活を成立させようとしている。
仕事を続けようとしている。
家計を守ろうとしている。
子どもを守ろうとしている。
家事育児をこなそうとしている。
でも、妻が感情でぶつかる。
自分ルールを押し付ける。
夫の仕事を軽く見る。
夫の趣味や友人関係を否定する。
不機嫌を家族にぶつける。
こうなると、支え合いではありません。
足を引っ張られている感覚になります。
二人でやる方が遅くなるなら意味がない
本来、夫婦で家庭を作るなら、一人より二人の方が楽になるはずです。
一人では大変なことを、二人で分ける。
夫が仕事で疲れていれば、妻が支える。
妻が育児で疲れていれば、夫が支える。
お互いに不得意な部分を補う。
これが理想です。
でも、モラハラ妻との生活では、二人でやる方が遅くなることがあります。
妻の機嫌を見ないといけない。
妻のルールに合わせないといけない。
妻が怒らないように先回りしないといけない。
妻ができない部分を夫が補う。
さらに、妻の不満まで受け止める。
これなら、役割分担ではなく負担の上乗せです。
夫側からすると、家事育児そのものより、妻の感情対応の方が重くなります。
家事育児は妻がいない方が楽なことすらある
私の感覚では、妻がいない状態でやる家事育児は、むしろ楽で楽しいと感じることがあります。
子どもの面倒を見る。
食事を用意する。
出かける。
寝かしつける。
片付ける。
これ自体は大変です。
でも、妻の機嫌を見なくていい。
妻の怒りポイントを潰さなくていい。
妻の自分ルールに合わせなくていい。
これだけで、かなり精神的に楽になります。
つまり、家事育児がしんどいのではなく、妻の感情対応がしんどいのです。
妻は変わらないから、一人で走れる力を持つ
夫婦が二人三脚として機能しないなら、夫側は一人で走れる力を持つ必要があります。
家事育児をこなせる。
子どもと二人で出かけられる。
病院にも連れて行ける。
保育園の準備もできる。
料理も最低限できる。
仕事も続ける。
自分のメンタルも守る。
これができると、妻に対する依存が減ります。
妻がいないと何もできない状態では、夫はどうしても弱くなります。
でも、自分でも生活を成立させられる感覚があると、心の中で踏ん張れます。
妻は変わらないかもしれない。
だから、自分が変わるしかない。
この考え方は、ここでも同じです。
それでも共存する理由は妻ではなく子ども
ここまで書くと、「そこまで思うなら離婚すればいい」と思う人もいるかもしれません。
それは分かります。
実際、妻のことだけを考えれば、離れた方が楽なこともあると思います。
でも、子どもがいると話は変わります。
子どもと離れたくない。
子どもをモラハラ妻と二人きりにしすぎたくない。
子どもに父親という逃げ場を残したい。
子どもの生活を守りたい。
だから、共存を選ぶ父親もいます。
これは妻を大切に思っているからというより、子どもを守るためです。
関連記事はこちらです。
子どもを守れるのは父親だけかもしれない|私が離婚ではなく共存を選んだ理由
まとめ
夫婦は二人三脚。
この言葉自体は、素晴らしいと思います。
実際に支え合える夫婦なら、その通りだと思います。
でも、モラハラ妻との生活では、二人三脚が成立しないことがあります。
同じ方向を向けない。
話し合いができない。
妻の感情対応が負担になる。
二人でやる方が遅くなる。
一人で走った方が速いと感じる。
これが現実です。
だからこそ、夫側は一人で走れる力を持つ必要があります。
それは離婚するためだけではありません。
共存するためにも必要です。
妻は変わらないかもしれない。
だから、自分が変わるしかない。
家事育児をこなしながら、モラハラ妻との生活を乗り切る。
そのためには、夫婦の理想論ではなく、現実の走り方を考える必要があります。
関連記事はこちらです。
モラハラ妻との共存で夫が潰れないために|対処法・現実認識・本音整理

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