子どもを守れるのは父親だけかもしれない|私が離婚ではなく共存を選んだ理由

モラハラ妻と暮らしていると、何度も思います。

離婚した方が楽なんじゃないか。
一人で暮らした方が精神的に楽なんじゃないか。
妻と同じ空間にいない生活ができたら、どれだけ落ち着くだろうか。

そう思ったことは、一度や二度ではありません。

でも、私は今のところ、離婚ではなく共存を選んでいます。

理由は、きれいごとではありません。

子どもを守りたいからです。

このブログ全体の考え方は、親記事でもまとめています。

パパ作戦室とは|モラハラ妻と戦うパパの日本一リアルな教科書

すぐ離婚してよい人もいる

まず最初に言っておくと、私はすべての人に共存をすすめたいわけではありません。

モラハラ妻との生活で、すぐ離婚してよい人もいると思っています。

たとえば、

  • 妻のことが嫌い
  • 子どもと離れてもよい
  • 財産もどうでもよい

こう思えるなら、すぐ離婚を考えてよいと思います。

モラハラ妻との生活は、夫のメンタルを確実に削ります。

妻への気持ちが完全に切れていて、子どもと離れることにも抵抗がなく、財産にもこだわりがないなら、無理に同じ家庭に残る意味はかなり薄いと思います。

ただ、私はそうではありません。

妻への気持ちは冷めています。
許せないこともあります。
離れたい気持ちもあります。

でも、子どもと離れたくありません。
子どもをモラハラ妻と二人きりにしすぎたくありません。
子どもに父親という逃げ場を残したいです。

だから私は、離婚ではなく共存を選んでいます。

理想論だけでは生活できない理由については、こちらでも書いています。

理想の夫婦論では生活できない|モラハラ妻と共存する父親が現実を見るべき理由

妻が嫌いでも、子どもは別です

夫婦関係が悪くなると、どうしても妻への怒りや不満が大きくなります。

言葉の暴力。
ヒステリック。
癇癪。
謝罪がない。
自分ルールの押し付け。
夫の趣味や友人関係への否定。
家事育児をこなしても責められる理不尽さ。

そういうものが積み重なると、妻に対する気持ちは冷めます。

正直、許せないこともたくさんあります。

でも、子どもは別です。

子どもは何も悪くありません。

子どもは、父親と母親しか頼れません。
小さい子どもにとって、家庭は世界そのものです。

その家庭の中にモラハラ気質の妻がいるなら、父親が子どもの逃げ場にならないといけない。

私はそう思っています。

子どもは血のつながった家族、妻は契約上の家族

きれいごとを抜きにすると、私にとって妻と子どもは同じ重さではありません。

子どもは、自分と明確に血がつながっている家族です。
自分の子どもであり、何があっても守るべき存在です。

一方で、妻は結婚という契約で家族になった相手です。
血縁関係はありません。

もちろん、まともな夫婦関係なら、妻も大事な家族です。
そこは否定しません。

でも、モラハラ妻となって夫を傷つけ、謝らず、支配し、家庭の中で夫を削る存在になった場合、私は妻より子どもを優先します。

これは冷たい話ではありません。
父親として当然の優先順位だと思っています。

だから私は、妻のために家庭に残っているのではありません。
子どものために残っています。

妻との関係を守るためではなく、子どもとの関係を守るため。
妻を許したからではなく、子どもを守りたいから。

これが、私が離婚ではなく共存を選んでいる一番大きな理由です。

母親という席を埋めてもらっている感覚

家事育児をある程度自分でこなせるようになると、正直、妻がいないと家庭が成り立たないという感覚はかなり薄くなりました。

洗濯もできる。
皿洗いもできる。
掃除もできる。
子どもの食事も見られる。
寝かしつけもできる。
病院にも連れていける。
保育園の準備もできる。
休日に子どもと二人で出かけることもできる。

もちろん完璧ではありません。

でも、生活を成立させるだけなら、ある程度は自分でもこなせます。

そうなってくると、私にとって妻の存在は、正直「自分を支えてくれる大切なパートナー」というより、子どもが母親という存在を求める場面があるから、その母親という席を埋めてもらっている存在に近いです。

かなり冷たい表現に聞こえるかもしれません。

でも、モラハラ妻との生活で何度も傷つけられ、謝罪もなく、家事育児や感情面の負担を一方的に押し付けられてきた側からすると、きれいごとだけでは語れません。

妻がいるから自分が助かっているというより、子どもにとって母親という存在が必要な場面がある。

だから、その席を埋めてもらっている。

今の私の感覚としては、それがかなり近いです。

子どもはできる限り両親がいる環境で育つべきだと思っている

私の持論として、子どもはできる限り両親がいる環境で育つ方がいいと思っています。

もちろん、これは絶対ではありません。

家庭内で暴力がある。
子どもが明確に傷ついている。
親の存在が子どもに悪影響を与えている。
一緒にいることで子どもの心が壊れていく。

そういう状況なら、無理に両親がそろっている必要はないと思います。

ただ、可能であれば、子どもには父親と母親の両方がいる環境を残したい。

母親という存在を完全に奪うことは、できるだけ避けたい。

そう考えています。

だから私は、妻のために共存しているわけではありません。
夫婦関係を守るために共存しているわけでもありません。

子どもにとって、母親という席を残しておく意味がまだあると判断しているから共存しています。

子どもが母親の存在を否定したら迷わず判断する

ただし、ここには明確な線引きがあります。

もし子ども自身が、母親の存在を明確に否定するようになった場合。
母親と一緒にいることを苦痛に感じるようになった場合。
母親の言動によって、子どもが明らかに傷ついていると感じた場合。

その時は、私は迷わず子どもにとって最良の判断をしたいと考えています。

母親という存在は大事です。
両親がいる環境も、できれば大事にしたいです。

でも、それは子どもを苦しめてまで守るものではありません。

私が最優先するのは、妻ではありません。
夫婦の形でもありません。
世間体でもありません。

最優先するのは、子どもです。

子どもにとって母親の存在が必要なら、その席は残す。
でも、子どもにとって母親の存在が明確に悪影響になっているなら、その時は守るべきものを間違えない。

これが、私の中の線引きです。

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最後に

私は、離婚しないことが正解だと言いたいわけではありません。

家庭によっては、離婚した方がいい場合もあると思います。
逃げた方がいい場合もあると思います。
距離を取らないと危険な場合もあると思います。

ただ、子どものために共存を選んでいる父親もいます。

妻を許していない。
夫婦仲が良いわけでもない。
本音では離れたい。
それでも子どものために残っている。

そういう父親の現実もあると思います。

パパ作戦室では、そういうきれいではない本音も書いていきます。

子どもを守れるのは、父親だけかもしれない。

そう感じている男性に、このブログが少しでも届けばいいと思っています。

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